夏空叙事詩

物語について語りたい、たまに小説

完食『シークレット・スーパースター』

目次

1.映画情報
  • 公開:2017(印)、2019(日)
  • 上映時間:150分
  • 原題:Secret Superstar
  • 監督・脚本:アドヴェイト・チャンダン
  • キャスト

   インシア・マリク:ザイラー・ワシーム

   ナズマ・マリク:メヘル・ヴィジュ

   シャクティ・クマール:アーミル・カーン

2.あらすじ※ネタバレなし

 歌が大好きな14歳のインシアは、いつかスターになることを日々夢見ていた。しかし厳しい父親や貧しい家という現実が彼女の夢を夢のままにさせる。

 そんな彼女にある日、母親ナズマがPCを買ってプレゼントする。匿名&顔を隠して投稿されたインシアの歌動画は瞬く間に人気になり、世間は突然現れた「シークレット・スーパースター」に夢中になるが……

3.消化してみる※ネタバレあり

 元々映画を好きになったきっかけはインド映画でした。今回久しぶりにインド映画を見たのですが、また素敵な作品に出合うことができました。今日はグダグダ考えず、素直に好きだという気持ちを長々と綴っていこうと思います。

①魅力的な歌声

 何といってもやはり主人公インシアの歌声!

 透き通るような優しい声、風に乗ってどこまでも響いていきそうな軽やかさがすっと心に染みわたってくる。歌う時の表情も魅力的だ。細められた目、歌うことが本当に楽しいのだと伝わってくる笑顔。すっと伸ばされた喉から、何にも邪魔されず飛び出した、伸びやかな歌声が響き渡る。

 映画で最初に披露される歌、”Sapne Re”で既に私は彼女の虜になってしまった。田園風景を走る列車、そこに相応しく穏やかで明るい歌。同級生たちと共に一緒になって聞き入ってしまったものだ。

 歌詞は素朴で、彼女の夢見る気持ちが素直に綴られている。それもまた良い。同じフレーズが繰り返し繰り返し歌われることで、聞いている私達も自然とそのフレーズを覚え、気づけば一緒に「サプネレ~」と呟いている。そっと首を左右に揺らしながら。

 そんな幸せそうに歌を歌う彼女だからこそ、シャクティの録音現場は見ていて本当に辛かった。彼女の泣きそうな顔を見て一緒に泣きそうになってしまった。そもそも14歳にあんな歌を歌わせるのもどうなのシャクティ……自分が味わった忸怩たる思いを、同じように少女に押し付けてどうする……。彼女の歌になった後の”Nachdi Phira”はすごくよかった。あのCDどこで買えますかね?

 

②DV、男尊女卑……インドの社会

 グダグダ語らないとは言ったものの、この映画の主題を無視するのはあまりに始末が悪い。さすがアーミルさん、今回も重いのぶっこんでくる。この物語、スター街道を昇る少女の物語以上に、彼女の家族の毒巣をどう取り除くかの物語でもある。典型的亭主関白なインシアの父親、男尊女卑のインド社会......スーパースターの現実はあまりに酷い。

 いつも私にインド社会のリアルを教えてくれるのはアーミル・カーンの映画だ。『きっと、うまくいく』では若者たちが直面する現実(教育、就職、自殺問題)を、『pk』では宗教問題を。彼の作る映画はいつも単なる夢物語や悲しい話には終わらない。インド社会問題を内包し、ことあるごとに私たちに訴えかける。

 『ダンガル』でもスポーツ界を中心に女性地位というものを考えさせられたが、『シークレット・スーパースター』はスポーツ界、芸能界......そういった特別な世界ではなく、家庭という誰もが所属する可能性のある場所を舞台にしている。どこにでもありそうな一軒の家、その中で確かにDVが行われているのだ。

 一つ気になるのが、周囲の反応である。周りの家はDVに気づかなかったのか? 空港で声を荒げる男に、周りはおかしいと思わなかったのか? ……気づいていても、あえて無視を選んでいたのかもしれない。父親ファルークの母にあたる、インシアの祖母の反応が顕著である。彼女は自分の息子の横暴を止めることがない。絶対に知っているはずなのに。

 そもそも父親に男尊女卑の価値観を教え込んだのは彼女ではないのか? いや、彼女すら社会のクソッタレな伝統とやらに縛られた結果なのか? インシアたちが父親を捨てて空港を去るとき、彼女だけは父親ファルークの元に残る。男尊女卑の伝統(笑)から彼女だけは抜け出せなかったのだ。

 

③夢を見るということ

 インシアの台詞で一番好きなものを引用する。

『眠ったら夢を見ちゃう。毎朝目が覚めるのは夢をかなえるため。生きる意味って何? 夢がなきゃ、寝ても覚めても、生きても死んでも一緒。夢を見るのは本能だよ。奪わないで。』

 このブログの最初の記事で、『ジョー・ブラックをよろしく』を題材に生と死について考えているが、この物語では生きる意味の一つとして「夢」を掲げている。

 

scarlet-summer.hatenablog.com

  母親ナズマは自らの夢を娘に託した。娘そのものが彼女の夢になったのである。自分が手に入れられなかった自由を、娘に。

 その覚悟や強さ、優しさを歌ったのが"Meri Pyaari Ammi”だが、この歌は作られた時よりも映画の後半になってどんどんと味わい深くなってくる。母親の本当の強さにインシアが気づいていくからである。同時に彼女自身の驕った気持ちにも。

 しかし、私が母親を助ける……そんなインシアの傲慢だが強い思いが、現実という壁にぶつかり粉々になりながらも、その欠片を拾って夫に投げつける勇気をナズマに与えたのだ。まさしく彼女「たち」こそがスーパースターだった。

 

④EDエロい。アーミルさんは『デリーベリー』もそうだけど、たまに急にそういう路線にいくの何故なのですか。ED冒頭とかもはや喘いでません……?